大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行ケ)120号 判決 2000年7月18日

原告

ヴァリーエル・カンパニー・インコーポレーテッド

代表者

【A】

訴訟代理人弁護士

鈴木修

深井俊至

辻河哲爾

同弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成8年審判第8963号事件について平成10年11月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1985年6月7日に米国においてした出願に基づく優先権を主張して、発明の名称を「広範囲電子式発振器」とする発明につき昭和61年4月21日に特許出願(昭和61年特許願第091957号)をしたところ、平成8年2月15日に拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成8年審判第8963号事件として審理した結果、平成10年11月9日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成11年1月6日原告に送達した。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  特許請求の範囲1の項(以下、同項記載の発明を「本願第1発明」という。別紙図面1参照)

インダクタンス手段(L1)、発振を生成するために互いに直列に接続された主コンデンサ(C1)及び第2及び第3のコンデンサ(C3、C4)を含む、共振タンク回路と、入力と出力を有し、電力出力路に信号を供給しそして該出力からのフィードバック信号を与え、前記タンク回路における発振を支持するために損失を克服するための信号増幅器(A)と、前記フィードバック信号は、前記第2と第3のコンデンサのひとつを含む前記タンク回路の部分を経て前記増幅器の入力にフィードバックされ、前記増幅器のフィードバック出力とグランド間に接続される第1のインピーダンス(R4)と、前記第2と第3のコンデンサ間から前記出力に接続された第2のインピーダンスとを含む広帯域電子式発振器であって、前記第2のインピーダンスは前記増幅器の入力及び出力間の前記フィードバック信号の移相を実質上零程度に維持しそして発信周波数に近いノイズ成分を減少するためのリアクタンス(C5)を含み、前記第2のインピーダンスは、低周波数ノイズ成分が前記第1のインピーダンスで散逸されるように第1のインピーダンスと関係して低周波数で高い値を有し、前記タンク回路の前記第1のインピーダンスの負荷を減少してQを上げ、これにより前記タンク回路における発振の安定性を改良する、広帯域電子式発振器。

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、本願第1発明は、特開昭53-88556号公報(以下「引用例」という。別紙図面2参照)記載の発明(以下「引用発明」という。)から当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定に該当し特許を受けることができない、また、上記のとおりであるから、特許請求の範囲28の項に記載された発明を検討するまでもないと認定判断した。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由1(本願の手続の経緯及び本願発明の要旨)は認める。同2(引用例)は、引用例に「前記コンデンサ8、9の直列回路の接続点と前記トランジスタのエミッタ間にコンデンサCを接続し」との記載があること(4頁11行ないし13行)を争い、その余は認める。同3(対比)は、引用例に記載された「コンデンサC」(5頁5行)が、本願第1発明の「リアクタンスC5を含む第2のインピーダンス」(5頁8行ないし9行)に相当すること、並びに、引用発明と本願第1発明が、「前記第2と第3のコンデンサ間から前記出力に接続された第2のインピーダンスとを含む」(6頁7行ないし8行)こと及び「前記第2のインピーダンスはリアクタンス(C5)を含むこと」(6頁10行ないし11行)の点で一致することを争い、その余は認める。同4(当審の判断)は、7頁5行ないし8頁10行、及び、9頁7行の「本願第1発明の」から9頁17行の「明記されていない」までを認め、その余を争う。同5(むすび)は争う。

審決は、一致点を誤認し(取消事由1)、目的、作用についての判断を誤った(取消事由2)ものであって、これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(一致点の誤認)

審決は、本願第1発明と引用発明とは、「前記第2と第3のコンデンサ間から前記出力に接続された第2のインピーダンスとを含む」(審決書6頁7、8行)こと、「前記第2のインピーダンスはリアクタンス(C5)を含む」(同6頁10、11行)ことにおいても一致すると認定したが、誤りである。

本願第1発明では、第2のインピーダンスは増幅器の入力及び出力間のフィードバック信号の移相を実質上零程度に維持しそして発信周波数に近いノイズ成分を減少するためのリアクタンス(C5)を含む。

しかし、引用例第4図のコンデンサCは、上記移相を実質上零程度にするものではない。上記コンデンサCは、スイッチングダイオードの逆バイアスの結果生じた漏れ容量が存在することを示すために記載されているにすぎない。

したがって、上記コンデンサCは、本願第1発明のリアクタンス(C5)を含む第2のインピーダンスに相当するものではない。

2  取消事由2(引用発明の目的、作用についての判断の誤り)

審決は、引用発明のコンデンサCを、「前記増幅器の入力及び出力間の前記フィードバック信号の移相を実質上零程度に維持しそして発信周波数に近いノイズ成分を減少するため」のものと判断したが、誤りであり、これを前提に引用発明の作用についてした審決の判断も、また、誤りである。

(1)  本願第1発明は、寄生共振によりもたらされた移相を調整するという技術的課題、及び、移相を調整するためにリアクタンスを含むインピーダンスを挿入するという技術的思想を持つものである。

引用例は、VHFバンド及びUHFバンドのすべての周波数範囲をカバーできるような広帯域の発振回路を提供することを目的として、ダイオードをスイッチング制御するという構成を採用する技術に関するものであり、そこには、本願第1発明の上記技術的課題及び技術的思想については、記載も示唆もされていない。

(2)  引用例における、逆バイアス容量Cに関する記載は、「コンデンサ(11)の容量値は前述の数値例のように充分大きいから、コンデンサ(8)と(9)の接続点は、スイッチングダイオード(10)の逆バイアス容量C(約0.7pF)を介してトランジスタ(1)のエミッタに接続される。このため帰還容量はこのCのみとなり、UHFバンドの局部発振器として動作しうる」(2頁右下欄12行ないし18行)というものであり、引用例では、Cの容量とコンデンサ(11)の容量の対比が問題とされているだけであって、Cの容量とC8ないしC9の容量の対比関係は、全く問題とされていない。しかし、Cによって寄生共振による移相を調整するには、Cの値は、当然C8ないしC9を基準に決められなければならない。引用例に、Cによって寄生共振による移相を調整するという技術的思想がないことは、このことからも明らかである。

(3)  本願第1発明におけるように、移相を実質上零程度に維持するためには、第2のインピーダンス(C5)の容量は、所望の周波数帯を生ぜしめるために選択されたC3とC4の容量に応じて、随時に選択的に定められなければならない。

この点を引用発明についてみると、そもそも、引用発明のダイオード(10)には、バンドの切り替えのためのスイッチとしての役割しか与えられていない。なぜなら、引用発明においては、ダイオード(10)がなくても(すなわち、ダイオード(10)が、OFFの時に逆バイアスによるキャパシタンスを有しない完全なスイッチング性能を有する場合でも)、トランジスタに内在するベース・エミッタ間のキャパシタンスにより、UHF周波数帯で発振しうるからである。そして、ダイオード(10)が、バンドの切替えの目的で置かれているにすぎない以上、当然のことながら、これを、本願第1発明におけるように、所望の逆バイアス容量を生ぜしめるように、発振周波数に応じて随時、選択的に挿入することは予定されていない。

引用例の第4図のコンデンサCなる記載は、本来の意味のコンデンサをを示すものとしてなされているわけではない。このコンデンサCは、単に、ダイオードの逆バイアスの結果生じた漏れ容量が存在することを示すために記載されているにすぎない。漏れ容量は調整不可能であり、かつ、不安定なものであるから、引用発明では、所望の周波数発振のために選択されたコンデンサC8、C9の容量に応じてコンデンサCの容量が随時選択されて挿入されるということはない。そもそも、漏れ容量の値自体を変える発想は生じない。

(4)  本願第1発明の優先日(以下「本願優先日」という。)当時、UHF帯域の発振回路に組み込まれるトランジスタとして広く使用されていたのは、モトローラ製のMRF911チップであり、そのベース・エミッタ間容量(以下「Cbe」という。)は、1.4pFから1.5pFである。また、NEC製のNE85619チップも、その当時使われていたが、そのCbeは、2.8pFである。したがって、当業者は、引用発明において使用されているトランジスタのCbeを1.4pFないし2.8pFの間での値であると認識する。一方、ダイオード(10)の逆バイアス容量Cは0.7pFであるから、UHF帯域におけるCとCbeのリアクタンスを比べれば、Cbeの方が小さいことになる。そうである以上、引用発明について、トランジスタのエミッタから出てくる電流の帰還メインループはリアクタンスの小さいCbeの回路を経る流れであり、ダイオード(10)の逆バイアス容量Cが挿入された回路(以下「G-Fループ」という。)は補助的な帰還ループである。この補助的なループにすぎないG-Fループに0.7pFの逆バイアスを持つダイオードが挿入されても、そのダイオードは、帰還電流全体について移相調整という作用を果たすはずがないし、また、当業者も、それによって帰還電流の移相を調整するという技術的課題を引用例から看取することはできないのである。

(5)  仮に、引用発明において、Cbeが無視できるほど小さいトランジスタが用いられていると理解するとすれば、その場合には、寄生共振に起因する帰還電流の位相シフト(移相)から生じる発振障害という本願第1発明の技術的課題自体、問題にならないことになる。

寄生共振の周波数fは、f=1/(2π√LC)により求められ、周波数は、1/√Cに比例する関数であるから、Cbeが小さければC全体の容量も小さくなり、その結果上記式により、寄生共振の共振周波数は高くなる。特に0.07pFという極めて小さいものであれば、寄生共振の周波数も極めて高いものとなり、実際上は問題となる周波数帯域では発振しないことになる。例えばCbeが1.4pFのトランジスタで寄生共振が生じているとすると、これに換えて0.07pFのトランジスタを用いた場合、上記式のCが20分の1になるから、共振周波数は4.47倍高くなって、問題となる周波数帯域外になってしまい、フィードバック電流の移相の問題は起こらないのである。

第4被告の反論の要点

1  取消事由1(一致点の誤認)について

本願第1発明と引用発明は、「前記第2と第3のコンデンサ間から前記出力に接続された第2のインピーダンスとを含む」ことにおいても、「前記第2のインピーダンスはリアクタンス(C5)を含む」ことにおいても一致する。審決に誤りはない。

2  取消事由2(引用発明の目的、作用についての判断の誤り)について

(1)  引用例のダイオ-ド(10)は、UHF周波数帯の発振器として動作するときには、発振器の正帰還路を形成するコンデンサとして働く。そして、「正帰還」とは、入力側に戻る電圧・電流が、当初の入力信号の電圧・電流と同相で帰還される場合を意味し、同相とは、これを引用例の第4図に即していうならば、発振用トランジスタのベ-スに入力されたコンデンサ12を経た当初の信号の位相をΦ1とし、ダイオ-ド(10)が呈するコンデンサCとコンデンサ8からなる正帰還路を経てトランジスタのベ-スに入力された戻りの信号の位相をΦ2としたとき、Φ1=Φ2とすることをいうのであるから、結局、ダイオ-ド(10)が呈するコンデンサCとコンデンサ8からなる正帰還は、Φ1-Φ2=0(零)となるように動作するものであるということになる。したがって、引用発明のコンデンサCは、移相を実質上零程度にするものである。

原告が本願第1発明の技術的課題であると主張する「移相を調整」とは、単に、発振器が本来有さなければならない、当業者には常識的なΦ1-Φ2=0(零)とすることを指しているにすぎない。

(2)  引用例には、第4図について、ダイオード(10)の逆バイアス容量Cが0.7pFのとき、コンデンサ9の容量値(以下「C9」という。)は3pFのものを用いる例が記載されており、上記逆バイアス容量CとC9との相対的な値は、C≒C9/4である。

一方、本願第1発明における、C5とC4の相対的な値は、「典型的には、C5=C4/4からC5=C4まで」(甲第1号証12頁1行ないし2行)であるから、引用発明のCとC9の関係とほぼ同じである。

上記のとおり、引用例の第4図に示された等価回路は、CとC9の相対的な値が本願第1発明のC5とC4の相対的な値とほぼ同じであって、本願第1発明の基本的な回路構成とその機能からみて一致するものであるから、引用発明は、本願第1発明と同様に、高周波帯域での発振障害の原因となる、寄生共振回路の移相調整という問題についても結果として対応しているのである。

(3)  引用例のダイオ-ド(10)は、単にバンド切り替えの動作のみならず、UHF周波数帯の発振器として動作するときには、正帰還路を形成するコンデンサとして、発振器に対して重要な働きをするものである。

また、引用例に「このため、帰還容量はこのCのみとなり、UHFバンドの局部発振器として動作しうる」(2頁右下欄16行ないし18行)と記載されているとおり、引用発明において、ダイオード(10)の逆バイアス容量Cは、発振回路の一部の「帰還容量」として使用されているから、引用発明の上記ダイオード(10)が呈するコンデンサCが「漏れ容量」であることを前提とした原告の主張は、失当である。

原告は、コンデンサの調整順序について、本願第1発明は、コンデンサC3とC4の値が決まって、その後にコンデンサC5の値を定めると主張する。しかし、その順序は、本願第1発明の特許請求の範囲に記載されておらず、原告の主張は、特許請求の範囲に基づかない主張である。コンデンサの調整順序は、当業者にとって単なる設計的な事項にすぎない。

(4)  引用発明のトランジスタのCbeが原告主張のように1.4pFであるとすると、発振回路を構成するトランジスタのベ-スとエミッタは、位相がほぼ等しいことは当業者に周知であるから、その発振回路で考慮しなければならない正帰還路は、Cbeを通るル-トと、0.7pFの逆バイアス容量Cを通るル-トの2つあることになる。しかも、この場合、Cbeのリアクタンスの方が、逆バイアス容量Cのリアクタンスより小さくなってしまうので、正帰還路のメインル-トは、Cbeを通るル-トとなってしまう。

しかし、引用例には、「このため、帰還容量はこのCのみとなり、・・・結局UHFバンド受信時の高周波的等価回路は第4図に示すものとなる。」(2頁右下欄第16行ないし第3頁左上欄第4行)と記載されているように、正帰還路は、0.7pFの逆バイアス容量Cを通るル-トのみとなるように設計すること、したがって、トランジスタのCbeを考慮するとしてもその容量は0.7pFより十分小さな値をもつトランジスタを用いるべきであることが示唆されている。なぜなら、引用例の第4図は等価回路であるから、もしトランジスタのCbeが0.7pFより大であればそのCbeはCに対して無視することはできず、この等価回路である第4図にトランジスタのCbeが記載されるはずだからである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(「前記第2と第3のコンデンサ間から前記出力に接続された第2のインピーダンスとを含む」、「前記第2のインピーダンスはリアクタンス(C5)を含む」という一致点の誤認)について

甲第4号証(引用例)によれば、引用例には、「コンデンサ(11)の容量値は前述の数値例のように充分大きいから、コンデンサ(8)と(9)の接続点は、スイッチングダイオード(10)の逆バイアス容量C(約0.7pF)を介してトランジスタ(1)のエミッタに接続される。このため、帰還容量はこのCのみとなり、UHFバンドの局部発振器として動作しうると共に、コンデンサ(8)及び(9)の直列接続容量(3~6pF)が周波数変化範囲を決定する容量となる。」(2頁右下欄12行ないし末行)、「結局UHFバンド受信時の高周波的等価回路は第4図に示すものとなる。」(3頁左上欄3行ないし4行)との記載とともに第4図が図示され、第4図にはコンデンサ8、9の直列回路の接続点とトランジスタのエミッタ間にコンデンサCが接続されている記載があることが認められる。そして、上記コンデンサ(8)、(9)が、本願第1発明の第2、第3のコンデンサC3、C4に相当することは当事者間に争いがないから、引用発明が、「第2と第3のコンデンサ間から前記出力に接続された第2のインピーダンスとを含む電子式発振器であって、前記第2のインピーダンスはリアクタンス(C5)を含む」との構成を備えていることは明らかである。

原告は、本願第1発明では、第2のインピーダンスは増幅器の入力及び出力間のフィードバック信号の移相を実質上零程度に維持しそして発信周波数に近いノイズ成分を減少するためのリアクタンス(C5)を含むのに対して、引用例第4図のコンデンサCは、上記移相を実質上零程度にするものではないと主張する。

しかし、審決は、一致点としては、「第2と第3のコンデンサ間から前記出力に接続された第2のインピーダンスとを含む電子式発振器であって、前記第2のインピーダンスはリアクタンス(C5)を含む」との構成を認定しているにとどまり、引用発明のコンデンサCが、「増幅器の入力及び出力間の前記フィードバック信号の移相を実質上零程度に維持しそして発信周波数に近いノイズ成分を減少するための」ものであることを一致点として認定しているわけではないから、この点の相違を理由とする原告の主張は、理由がない。

なお、審決は、本願第1発明においては、リアクタンス(C5)が「前記増幅器の入力及び出力間の前記フィードバック信号の移相を実質上零程度に維持しそして発信周波数に近いノイズ成分を減少するためのもの」であり、「前記第2のインピーダンスは、低周波数ノイズ成分が前記第1のインピーダンスで散逸されるように第1のインピーダンスと関係して低周波で高い値を有し、前記タンク回路の前記第1のインピーダンスの負荷を減少してQを上げ、これにより前記タンク回路における発振の安定性を改良する」ものであるのに対し、引用発明については、これらの点が引用例に少なくとも明示的には示されていない点を相違点として挙げるべきであるにもかかわらず、「3.対比」においては挙げていない。しかし、それを相違点の看過というとしても、審決は、上記各点につき「4.当審の判断」において判断しているから、上記相違点の看過は、審決の結論に影響を及ぼすものではない。

2  取消事由2(目的、作用についての判断の誤り)について

(1)  前記1認定に係る引用例の記載によれば、引用発明は、UHFバンドの局部発振器であって、G-Fループは、トランジスタ1のエミッタから出た電流の帰還路であることが認められる。そして、引用発明のような発振器においては、エミッタから出た電流が入力側であるベースに帰還されるに当たっては、その電流が、当初の入力信号と同相である(すなわち、引用例の第4図に即していうならば、コンデンサ12を経てトランジスタ1のベ-スに入力された当初の信号の位相をΦ1とし、帰還路であるG-Fループを経てトランジスタのベ-スに入力される帰還した信号(フィードバック信号)の位相をΦ2としたとき、Φ1=Φ2である)ように帰還されなければならず、そうでなければ、当初の入力信号を増幅してゆくことができないため発振器としての用をなさないことは自明である。そうである以上、引用発明において、ダイオ-ド(10)が呈するコンデンサCとコンデンサ8は、Φ1-Φ2=0(零)となるように動作しているものであることは明らかである。したがって、引用例に接した当業者は、引用発明のコンデンサCについて、増幅器の入力及び出力間のフィードバック信号の移相を実質上零程度に維持する作用があることを容易に認識し得るものということができる。

また、審決が認定するとおり(5頁2行ないし6頁11行)、引用発明の主要部の回路構成は、本願第1発明の回路構成と同じであり、かつ、上記のとおり、引用発明のコンデンサCは、移相を実質上零程度にするものである。上記事実に弁論の全趣旨を加えて総合すれば、このコンデンサC(第2のインピーダンス)について、本願第1発明と同様、審決が認定するような「発振周波数に近いノイズ成分を減少する」(審決9頁9行ないし10行)作用があること、及び、「低周波数ノイズ成分が前記第1のインピーダンスで散逸されるように第1のインピーダンスと関係して低周波で高い値を有し、前記タンク回路の前記第1のインピーダンスの負荷を減少してQを上げ、これにより前記タンク回路における発振の安定性を改良する」作用があることも、当業者の予測し得る程度のものであると認められる。

なお、引用発明のコンデンサCに、増幅器の入力及び出力間のフィードバック信号の移相を実質上零程度に維持しそして発信周波数に近いノイズ成分を減少する作用がある以上、このコンデンサCは、増幅器の入力及び出力間のフィードバック信号の移相を実質上零程度に維持しそして発信周波数に近いノイズ成分を減少するためのものということができることは、当然である。

(2)  原告の主張について

ア 原告は、本願第1発明は、寄生共振によりもたらされた移相を調整するという技術的課題、及び、移相を調整するためにリアクタンスを含むインピーダンスを挿入するという技術的思想を持つものであり、①引用例には、この技術的課題及び技術的思想については、記載も示唆もされていない、②引用例にこの技術的思想がないことは、引用例において、ダイオード(10)が呈する逆バイアス容量Cの容量とC8、C9の容量との対比関係が全く問題となっていないことからも明らかである、と主張する。

しかし、弁論の全趣旨によれば、発振器に目的外の周波数の振動である寄生共振が発生すること、及び、これによる悪影響を防止する必要があることは、本願優先日前に周知の事項であったことが認められ(ちなみに、甲第4号証によれば、引用例にも、「この種の回路では、希望する共振周波数以外に、1/2の周波数の位置に寄生の共振を起こすことがある。」(3頁左上欄10行ないし12行)との記載があることが認められる。また、緒方興助・小賀由章・新井芳明・多田正美著「図説電気・電子用語事典」(昭和60年6月30日株式会社廣済堂発行)には、寄生振動について「発振器や増幅器に生じる目的外の周波数の発信 〔原因〕電極間容量と導線のインダクタンスとが振動回路を形成する、チョークコイルを用いている場合の電磁結合の影響など、いろいろな要素が考えられるが、予測しがたいため対応は非常にむずかしい。」との記載がみられるところである。)、寄生共振が発生すれば、その影響により、Φ1-Φ2=0(零)ではなくなることは自明であるから、引用発明のコンデンサCが、Φ1-Φ2=0(零)となるように動作する以上、このコンデンサCには寄生共振によりもたらされた移相を調整するという作用があることも、また、明らかである。すなわち、発振回路が本来の発振を行うためには、寄生共振によりもたらされた移相を含めて発振を妨げる事項について、対処し除去されていることが必要であるから、引用発明においても、寄生共振によりもたらされた移相が調整されていることは当然というべきである。引用例は公開特許公報であるから、技術的に常識ないし明らかなことについては、前記1認定に係る引用例の記載の程度に簡略に説明して、詳細には説明していないことも当然あり得るところであって、そのように簡略に説明されていることを根拠として、引用発明に、原告主張に係る技術的課題及び技術的思想がないということはできない。

イ 原告は、移相を実質上零程度に維持するためには、第2のインピーダンス(C5)の容量は、所望の周波数帯を生ぜしめるために選択されたC3とC4の容量に応じて、随時に選択的に定められなければならないことを前提として、引用発明のダイオード(10)が、随時、選択的に挿入することは予定されておらず、その値自体を変える発想は生じないと主張する。

しかし、本願第1発明の特許請求の範囲には、コンデンサの調整順序について、原告の主張するような記載はない。そうすると、本願第1発明において、コンデンサの調整順序は当業者の設計的事項にすぎないものというべきである。

すなわち、甲第4号証によれば、引用発明の各コンデンサの容量は、一例としての数値が列記されているのみで(2頁右上欄8行ないし12行)、これらの数値とダイオード(10)の逆バイアス容量C(コンデンサC)とについて、いずれが先に決定されたかについての記載はないことが認められる。しかし、いずれが先に決定されたかということにかかわらず、それらの数値が定められ、引用発明の発振器においてコンデンサCが正帰還路(トランジスタ1のエミッタから出た電流が当初の入力信号と同相でベースに帰還する帰還路)を形成するコンデンサとして働く以上、そのコンデンサCは、移相を実質上零程度に維持するものであることは明らかである。原告の主張は、前提を欠くものであって失当である。

ウ 原告は、本願優先日当時、UHF帯域の発振回路に組み込まれるトランジスタとして広く使用されていたもののCbeが、1.4pFないし2.8pFであって、引用発明のダイオード(10)の逆バイアス容量Cの0.7pFより小さいから、トランジスタのエミッタから出てくる電流の帰還メインループはCbeの回路を経る流れであり、G-Fループは補助的な帰還ループであると主張する。

しかし、前記1認定に係る引用例の記載によれば、引用例の第4図はUHFバンド受信時の高周波的等価回路であることが認められる。そして、等価回路において、帰還容量はダイオード(10)の逆バイアス容量C(コンデンサC)のみとなることが示されているのであるから、コンデンサCのないCbeの回路を経るものではなく、トランジスタのエミッタから出てくる電流は、このダイオード(10)の逆バイアス容量C(コンデンサC)が存在するG-Fループを経て流れるものであることは明らかである。したがって、引用例に接した当業者は、引用発明のトランジスタ1としては、コンデンサCの容量0.7pFと比べて、Cbeが無視できる程度のものが選択されることを容易に認識することができたものというべきである。本願優先日当時、UHF帯域の発振回路に組み込まれるトランジスタとして広く使用されていたもののCbeが、1.4pFないし2.8pFであるとしても、そのことは、上記認定を左右するものではない。

エ 原告は、仮に、引用発明において、Cbeが無視できるほど小さいトランジスタが用いられていると理解するとすれば、その場合には、寄生共振の共振周波数は高くなるから、寄生共振に起因する帰還電流の位相シフト(移相)から生じる発振障害という本願第1発明の技術的課題は問題にならないと主張する。

しかし、引用発明において、Cbeが無視できるほど小さいトランジスタが用いられた場合に、寄生共振に起因する帰還電流の位相シフト(移相)から生じる発振障害が問題にならないと認めるに足りる証拠はない。なぜなら、原告の主張は、Cbeから発生する寄生共振のみを問題として、その共振周波数が高くなるというものにすぎないが、寄生共振が、Cbeのみから発生すると認めるに足りる証拠はないから(前記「図説電気・電子用語事典」も、寄生振動の原因については、いろいろな要素が考えられるとしていることは前示のとおりである。)、Cbeから発生する寄生共振の共振周波数が高くなったとしても、それによって、寄生共振に起因する帰還電流の移相がなくなるということはできないからである。

3  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6よって、本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例